こんなことを考えています

 日本の農村や漁村、山村は少子高齢化、後継者不足、地域経済の疲弊、環境の悪化といった課題を抱え、持続可能な地域を形成することが困難な状況に置かれているといわれています。こうした課題の解決に資する知識を創る研究活動が必要だと考えています。
 複雑な地域の課題は学問領域によって区分されていません。したがって特定の学問分野だけで対応できるわけではありません。異なる学問を横串にする学際的な研究に加えて、社会のさまざまな領域の関係者との連携が必要です。学問だけで課題解決へと導き出されるわけではないからです。こうした異分野・異業種融合による課題解決志向の研究のことを「超学際的研究」といいます。
 1999年から2013年まで所属していた兵庫県立コウノトリの郷公園の一員として、私は絶滅危惧種コウノトリの野生復帰プロジェクトにかかわってきました。自分の専門である環境社会学を軸に多分野の研究者や行政、地域住民といった多様な関係者との異分野・異業種融合による、コウノトリの野生復帰の実現を目指す研究活動を行なってきたのです。現場の中で、私自身の専門性や研究者としてのあり方は、大きく揺れ動きました。

 

 「すぐそこが現場でした。いや現場のなかで研究をするといった方がいいかもしれません。ここでしかできないことがたくさんある。このことに面白さとやりがいを感じるようになった頃、郷公園などを事例に取り上げ、レジデント型研究という視点を提示したのは佐藤哲さんでした。レジデント型研究とは『研究者・生活者・当事者といった複数の顔を持ちながら、自ら定住する地域の課題解決に向けた領域融合的な研究活動』のことをいいます。この視点が示されたことによって、自分の研究活動の意義をとらえ直すことができるようになったと思います」(拙著「レジデント型研究から地域政策研究へ」『CURES』112号:10 )。

 

 レジデント型研究という視点から、そして超学際的な視点から課題解決に資する研究をおこなうことが私のテーマとなりました。ただ、もともとの専門である環境社会学をベースにしていることは変わりありません。生態学や地球科学の人と一緒に仕事をすることが多いのですが、私自身はその分野の調査をおこなえるわけではありませんし、論文を書けるわけでもありません。私が生態学者になる必要はないけど、そういった人たちが何を問題として、どんな調査をおこない、どんな議論を交わしているかはわかる。それぐらいがわかれば、課題を緩やかに共有して一緒に考えていくことができると思うのです。このことは異分野・異業種の人と一緒に仕事をするときに、そのまま私自身に跳ね返ってきます。こうした場を通して私の研究は変化していきます。


 その後、超学際的研究を推進する総合地球環境学研究所に所属することになりました(2013年から2017年まで)。ここで私は、それまで会ったことがなかった物理学や魚類学、土壌学、水文学といったさまざまな専門分野の研究者と交流を深めることができました。アフリカや東南アジアをフィールドとする研究者の最新の研究成果に触れる機会も得ました。ここでの私の主な仕事は、自分の経験を活かして国内外のレジデント型研究者への調査活動をおこなうことでした。地域も課題もテーマも専門分野も多様なレジデント型研究者たちでしたが、共感することも多く一緒に考えることができたように思います(これから成果を出していかなければなりません)。こうした人たちとの交流を深める中から地域に根ざした超学際的研究のあり方を問い直しています。
 

 現在、金沢大学地域政策研究センターを拠点に、超学際的な視点に基づいて、地域政策、地域マネジメントに関連する研究活動に取り組んでいます。

コウノトリの野生復帰

 コウノトリの野生復帰。これに関しては書くことが多すぎて、なかなかまとめきれません。少しずつ書いていこうと思います。

 コウノトリの営巣地が全国に拡大し、豊岡以外の繁殖地も形成されるようになってきました。

 2005年の放鳥から10数年が過ぎ、豊岡ではコウノトリがいる風景が当たり前になってきました。これまで行政主導、研究主導ですすめてきた野生復帰は新たな段階に入ったように思います。

 コウノトリの野生復帰の経験やそこで蓄積された知識を違う地域、違う種で活用することも課題になってきているように思います。私自身は、10年来、北海道道東のタンチョウと地域住民の共存の問題や佐渡島のトキの野生復帰にも関わっています。最近は、知床のシマフクロウの保全と観光利用の問題について、少しかかわっています。

 こうしたことを少しずつ書いていきたいと思います。しばらくお待ちください。

 

関連する主な業績

  • 菊地直樹,2017,『「ほっとけない」からの自然再生学:コウノトリ野生復帰の現場』京都大学学術出版会
  • 菊地直樹,2006,『蘇るコウノトリ:野生復帰から地域再生へ』東京大学出版会
  • 早矢仕有子・中川元・菊地直樹・涌坂周一・田澤道広・高橋光彦,2017,「シンポジウム『知床・羅臼町でシマフクロウの観光利用を考える』報告」『知床博物館研究報告』39:49-66

 

レジデント型研究

 レジデント型研究。この妙なカタカナ言葉を聞いたことがある人は、かなりマニアックな人にちがいないでしょう。それか私や私に近い人に近い人でしょう。新しい造語で、そんなに広く知られているわけではないからです。

 兵庫県立コウノトリの郷公園の研究部長だった池田啓さん(故人)は、タヌキの 生態学者から文化庁の調査官を務め、コウノトリの野生復帰に身を投じた研究者でした。異なる学問を坩堝にすることにより、コウノトリの野生復帰という課題解決に向けた実践的な研究を創る必要性を説いていました。文化庁の調査官を長年務めてきた池田さんは、よく研究者の視野の狭さや社会的な問題への関心の薄さを嘆いていました。野生復帰を進めるために、研究と実践が融合した当事者性のある新しい学問を創りたい。それが池田さんの思いだったと思います。

 その池田さんは、時々、まだ若かった私に対して「俺たちは現場に暮らしていて、現場の問題解決に向けた研究をしているんだよ。研究することと野生復帰を実現することは一体なんだ。俺たちの仕事は、研究のための研究をすることではない」と議論をふっかけてきました。その時は「それはそうだけど・・・しんどそう」と感じていたように記憶しています。

 兵庫県の日本海側に面する小都市、豊岡市。研究者が活動する条件としては少々厳しい。東京まで片道5時間はかかります。今ほどデジタル化されていない時代、文献を揃えるのも一苦労。4人しか研究者がいなかったので、色々な研究者と交流する機会も少なかった。ただ、現場はすぐそこにあった。いや現場の中にいたといったほうがいいかもしれません。ここでしかできないことがたくさんある。いつしか、このことに面白さとやりがいを感じるようになったのです。そうすると、色々な可能性が見えてきました。

 2007年6月、豊岡市を会場として開催された環境社会学会大会において、「レジデント型研究」という言葉を披露したのは佐藤哲さん(当時は長野大学、総合地球環境学研究所を経て、現在は愛媛大学に所属)でした。シンポジウムの壇上で佐藤さんは、郷公園の活動(主に池田さんの活動)を取り上げ、ステークホルダーの一員としての研究者、生活者としての研究者、地域の未来に関する当事者としての研究者というように、多様な顔を持ちながら、知識生産をしていく新たな研究者像としてレジデント型研究者を提示したのです。

 レジデント型研究者とは、地域に定住し、研究者・生活者・当事者といった多面的な顔を持ちながら、地域の課題解決に向けた研究活動をおこなう人たちのことをいいます。この言葉によって、手探りで進めてきた自分の研究活動をとらえ直すことができるようになりました。社会の中で生じている現象に名前をつけることの意義は大きいと実感しています。

 その後、佐藤さんは「地域主導型科学者コミュニティの創生」プロジェクトを立ち上げ、日本各地で活躍するレジデント型研究者の相互学習の場である「地域環境学ネットワーク」を設立しました。2010年のことです。こうして、全国に散らばっていたレジデント型研究者らしき人たちの相互交流が始まったのです。博物館の学芸員、漁協の職員、漁師、NPOの職員、行政の職員、大学の研究者など肩書きはかなり多様で、住んでいる地域も北海道から沖縄まで。専門分野もこれまた多様。レジデント型研究者という視点で、接点がなかった人たちのつながりがつくられ広がったのです。

 

 地域環境学ネットワーク

 

 では、レジデント型研究者がおこなう研究活動とは、いったいどんな特徴があるのでしょうか。私のなかで疑問として浮かんできました。

 2013年から総合地球環境学研究所の「地域環境知形成による新たなコモンズの創生と持続可能な管理」プロジェクトに参加し、全国のレジデント型研究者を訪ね歩く日々を過ごしました。結果的に、100人近い人たちから話を聞くことができました。現在、全国を歩きながら集めてきた聞き取り調査のデータを読み込みながら、レジデント型研究者の特徴、その方法論、持続可能な地域づくりにおける多面的な役割などについて分析をすすめているところですが、まだその成果を公表できていません。これは単純に私の能力不足です。なるべく早く公表できるようにします。ただ形になりつつありますので、少しだけ示します。

 その特徴として、指摘できるのは第一に定住する地域社会の一員として研究を行う「定住型研究者」という点です。専門家であるとともに地域住民でもあるという複数の顔を持ちながら、地域の人びととともに考えていきます。第二に科学的な価値の探求ではなく、地域社会が直面する課題の解決に直結した知識の生産に目的を設定するという「課題駆動型研究」という点です。第三に課題解決のために必然的に「超学際的研究」になるという点です。環境問題といった地域の課題は学問領域によって区分されていないので、特定の学問分野だけで対応できるわけではありません。学際的な研究に加えて、社会のさまざまな関係者との連携が必要です。学問だけで問題解決へと導き出されるわけではないからです(拙著「レジデント型研究から地域政策研究へ」『CURES』112,p11.)。

 いわゆる訪問型研究者と比較してみると分かりやすいかもしれません。非常に単純化していますが、それゆえに特徴をクリアに示すことができます。詳しくは拙著を参照してください。

 

  訪問型 レジデント型
地域社会での立ち位置

訪問者

たまに来る人

定住者

いつもいる人

研究の目的 自分の研究の推進 地域の課題解決
研究の方法 専門分野の方法 課題に合わせた領域融合
研究の発表の場 学会・地域社会 地域社会
研究成果の評価 学会 地域社会・学会
研究と実践 循環しない 循環する

 (拙著『「ほっとけない」からの自然再生学:コウノトリ野生復帰の現場』,p276)

 

 繰り返しになりますが、レジデント型研究/研究者の意義や役割、方法などについてはまだ十分整理ができていません。そこで私の「思い」を込めた意義を紹介しようと思います。

 

 「レジデント型研究の意義として、地域に定住することにより、地域の当事者性を一定程度持ちながら、地域の人びとの問いを自分の問いへと変換することによって、地域の実情への相対的に深い洞察が可能になると述べた。では、人びとの問いに向き合うということは何であろうか。それは、出会ってしまった人たちの考えや気持ち、感性、出会ってしまった生きもののことが『ほっとけなく』なることではないだろうか。そのことから自分の研究が突き動かされていく。自分の専門分野をベースにしながらも、あらゆる学問を坩堝にしていく。そして、研究の性質が変わっていく。研究と実践の『間』にいることから、見えてくる社会的現実を表し、実践へと結びつけていくのである。

 こう考えるとレジデント型研究は、『受動的な主体性』に基づく研究方法ということができる。そして、様々な矛盾と折り合い方を考える研究方法であるともいえる。現場で発せられる問いによって、自分の問いもまた変わっていくからである。この点にこそ、レジデント型研究の意義が見出すことができると思う」。

 「もちろん、レジデント型研究者の視点は、その地で生まれ育ち、そして死んでいく人たちのそれとは異なっている。地域生活を共有しながらも互いに異なっているからこそ、色々なモノやコトをつなぐことができ、多元的な価値が生み出されていく。そのためにも、自分の専門性をズラし、研究が変わっていくことを恐れないことが必要である。レジデント型研究とは、ある地域に住むということと研究との『間』に生まれる、研究の表現形態の一つなのである」(拙著『「ほっとけない」からの自然再生学:コウノトリ野生復帰の現場』,pp.299-300)。

 

 関連するテーマで、最近研究しているのはジオパークです。急速に広がっているので、知っている人、かかわっている人も多いと思います。日本のジオパークの特徴の一つは、主に地球科学を専門とするジオパーク専門員が雇用され、持続可能な地域づくりとほとんど関係を持たなかった地球科学的な知識を基礎としながら、地域内外の様々な関係者との協働と合意形成を促進することによって、地域に存在する多様な自然・文化・無形遺産の保全と、その資源化を目指している点にあると考えています。ジオパーク活動において、ジオパーク専門員と呼ばれる人たちの活動が重要であり、その人たちはレジデント型研究者としての特徴を持っていると考えられます。

 そこで、ジオパーク専門員へのアンケートを実施して、その属性と地域づくりに果たす多面的な役割を明らかにする論文を書きました。

 

関連する主な業績

 

自然再生・環境活動の見える化

 2002年、議員立法で自然再生推進法が制定されました。自然再生推進法に基づく自然再生協議会が北は北海道の上サロベツ自然再生協議会、南は沖縄県の石西礁湖自然再生協議会まで全国25地域で設置されています。その対象となる自然環境は湿地や湿原、森林、河川、干潟、サンゴ礁、湖沼、草原等とさまざまです。もちろん、自然再生推進法に基づかない自然再生も数多くあります。私がずっとかかわっているコウノトリの野生復帰はその一つです。

 コウノトリの生息環境は、田んぼや里山といった人との多様なかかわりによって成り立っている二次的自然です。そこは人の暮らしの場であり、地域住民の営みによって維持される自然であるため、再生の対象は人と自然のかかわりにまで拡大します。そう考えると、コウノトリの野生復帰は、狭く自然科学の知見だけに基づいて進められるものではなく、「社会的な問題」であることがわかると思います。

 「コウノトリを野生に戻すことは社会的な問題」であると思う一方で、私のなかに、ずっと引っかかっていることがあります。それは、野生復帰や自然再生という理念は共有されていても、現場では必ずしも協働や合意形成がすすんでいるわけではないし、活動がなかなか広がってもいかない、ということです。その理由の一つは、「自分たちの活動や事業が、どのような効果を生んでいるのか」、「今何を達成できていて、何が達成できていないのか」という活動のプロセスが見えにくいことにあると考えています。こうしたプロセスの「見える化」がすすめば、自然再生にかかわる人たちが試行錯誤しながら協働や合意形成をすすめ、自分たちで次は何に力を入れればよいかを確認できるのではないでしょうか。

 当事者たちが自然再生のプロセスを評価できるツールを開発することが、私の現場への対応の一つとなりました。

 この点について、以下のように書いたことがあります。

 

 「自然再生は誰がどんな自然とのかかわりをどのように再生するのかという『社会的な営み』としてとらえるべきものであり、科学の不確実性は問題の一部分に過ぎないからだ。・・・科学と社会の不確実性と変化を前提とする柔軟な方法を模索したほうがいいということである。そもそも、確実なデータを集め、きちんとした計画を立てることは無理だからである。無理なことを無理に進めると無理が出る。むしろ、どうしたら研究者、行政、市民といった多様な人たちが協働しながら、手法や目的を順応的に変えていくプロセスを創り出すことができるかを考えたほうがいいだろう。こうした順応的なプロセスを動かそうとすれば、段階段階で自分たちの活動や事業を自己評価していくこと、つまり、自然再生のプロセスに評価を組み込むことが大事になってくる。自分たちの活動や事業の到達点(どのような効果を生んでいるのかいないのか、何を達成できていて何が達成できていないのか)を自分たちで確認することによって、活動や事業を修正したり、次に何をすればいいのかを自分たちで導き出す可能性は高まるからである。

 不確実性を前提とするからといって、むやみやたらに進めばいいわけではない。不確実性のなかを進んでいくための羅針盤となりうるツールが必要なのだ」(拙著「自然再生の活動プロセスを社会的に評価する:社会的評価ツールの試み」,pp.254-255)。

 

 こうした問題関心に基づき、自然再生・環境活動の「見える化」ツールの開発を進めています。

 

その1 社会的評価ツール

 この問題関心に基づき、研究仲間と議論し自然再生の社会的評価指標を10にまとめてみました。

 

「問題」「かかわっている人」「人のつながり」「集まる場所」「意思決定の仕組み」「自然再生を行うためのノウハウ(社会技術)」「具体的行動」「自然再生の技術」「知識」「評価」

 

 社会的評価指標を縦軸に設定し、横軸には時間軸を設定することで、社会的評価指標の変化とそれぞれの関係を表現することができ、自然再生のプロセスの「見える化」が図れ、進むべき方向性を考えていくことにつながると考えました。

 このツールを用いて、中海自然再生協議会でワークショップをおこなってみました。

 その結果が「中海の自然再生評価シート(2007-2014年)」です。

    (菊地直樹ほか,2017,「自然再生の活動プロセスを社会的に評価する:社会的評価ツールの試み」,pp.268-269)

 

 中海自然再生協議会の人たちに聞いたところ、その効果としては以下の3つがあげられました。

 

  1.自分たちの活動を振り返る効果

  2.異なる視点と交差するによる新たしい視点の発見効果

  3.第三者と当事者の視点を行き来することによる自信の創出効果

 

 ただ、ワークショップとそのまとめ方が難しく、汎用性には乏しいという課題もあります。

 

 詳しくは|関連する業績|にあげた文献を参照してください。

 

 ※ このツールは科学研究費補助金基盤研究B「包括的地域再生に向けた順応的ガバナンスの社会的評価モデルの開発」の助成を受けて開発しました。ツールの開発にあたっては、認定NPO法人自然再生センター、中海自然再生協議会のみなさまに大変お世話になりました。

 

その2 なかまと話そう! 環境活動の「見える化」ツール

 多くの人が取り組みやすいものとして開発しているのが「なかまと話そう! 環境活動の『見える化』ツール」です。

 

・なんとなく活動が停滞している

・なかまを増やしたい

・お互いの考え方がよく分からない

・自分たちは何を目指しているのだろう

・もっと活動を活性化したい

 

といったことを感じている人たちが、活動を振り返るためのツールです。

 

 やり方はこうです。

 

(1)【ふむふむ】ワークシートには40の質問があります。自分が考えていることをもとに、なるべく「はい」か「いいえ」で答えてください。質問に答えながら、「ふむふむ」とその理由についても思い返してください。たぶん15分ぐらいで回答できると思います。

(2)【どれどれ】次に、みなさんで回答結果を持ち寄って、「どれどれ」と他の人のシートと見比べてみましょう。けっこう違うことが多いと思います。

(3)【わいわい】さらに、それぞれの回答理由を聞きあってみましょう。あの人こんなことを考えていたんだとか、似ているようだけど違う、違うようだけど似ているといった認識の違いが確認できるかもしれません。普段、当たり前になっていてあまり話さないことが、話されるかもしれません。「わいわい」と話すなかで、いろいろな気づきがあると思います。

(4)【わくわく】それぞれの認識を確認するだけではなく、これからどうするかを考えようということまで、話が盛り上がるかもしれません。「わくわく」する活動のヒントがみつかるかもしれません。

 

もう一度まとめましょう。

【ふむふむ(自己を振り返る効果)】→【どれどれ(他者を知る効果)】→【わいわい(お互いを認める効果)】→【わくわく(活動のヒントを見つける効果)】

 

 40の質問をみて、かなり抽象的であいまいだと感じる人も多いと思います。あいまいさを含んでいる質問のため、答える人によって解釈は分かれます。ただ私は解釈が分かれてもいいと考えています。むしろそれを狙っています。なぜなら、それぞれの解釈をさらけだし、なかなか話さないことを話すことが大事だと考えているからです。だから、あえてあいまいさを含んだ質問にしています。

 

 あいまいな質問に対して、「はい」「いいえ」とはっきりと答えることに躊躇する人も多いと思います。あえて「はい」「いいえ」と答えることで、色々な複雑な自分の考えや思いをいったんまとめることができます。そして、その答えの理由を話すことで自身の考えや思いを伝えやすくなり、さらに「なぜそう答えたのですか?」と他者の理由を聞きやすくなり、お互いの対話をうながしやすくなると考えています。

 

 このツールの名称は「みんな」ではなくあえて「なかま」としました。なかまとは誰でしょう?ゆるやかに理念を共有していたら「なかま」かもしれません。このツールを使って対話をすすめるなかで「なかま」になるかもしれません。「なかま」を考えるきっかけになっていただければと思います。

 

 すでに幾つかの自然再生協議会のご協力を得て、このツールを使ったワークショップを実施してきました。それなりに対話をうながす効果はみられるようです。活用したい人がいれば、PDFをダウンロードしてください。たぶん最初は使い方に戸惑うと思います。ご一報いただければ幸いです。

 

 

  なかまと話そう! 環境活動の「見える化」ツール(PDF)

 

※ このツールは科学研究費補助金基盤研究B「包括的地域再生に向けた順応的ガバナンスの社会的評価モデルの開発」の助成を受けて開発しました。ツールの開発にあたっては、認定NPO法人自然再生センター、中海自然再生協議会のみなさまに大変お世話になりました。また八幡湿原自然再生協議会、三方五湖自然再生協議会のみなさまにも大変お世話になりました。ありがとうございました。

 

関連する主な業績

  • 菊地直樹・敷田麻実・豊田光世・清水万由子,2017,「自然再生の活動プロセスを社会的に評価する:社会的評価ツールの試み」宮内泰介編『どうしたら環境保全はうまくいくのか:現場から考える順応的ガバナンスの進め方』新泉社,pp.248-277

 

日本語で考える環境のことば

 環境や自然にかんする日本語の豊かさを考えはじめています。

 

 豊岡をはじめとするいろいろな自然再生や環境活動の現場を歩くなかで、つぶやくように発せられる言葉をいくつも聞いてきました。

 「野生復帰されたコウノトリの餌場づくりに取り組む村人たち。『なぜ自然再生に取り組むようになったのか?』このいささか野暮な私の問いかけに、彼らはぼそりとこう語った。
 『だって、ほっとけないでしょう』と」(拙著『「ほっとけない」からの自然再生学:コウノトリ野生復帰の現場』はじめに)。

 

 その一つが「ほっとけない」です。そこにいる生き物、自然のことを「ほっとけない」。現場を歩く私の耳に幾度となく入ってきた言葉のはずです。でも、とても小さな声で発せられる言葉であるだけに、ついつい聞き漏らしてきたように思います。では、なぜ「ほっとけない」のでしょうか?だんだんとこの言葉が気になってくるようになってきたのです。

 私は「ほっとけない」を以下のように定義しました。やや難しい表現ですが紹介します。

 

 「では、『ほっとけない」とは、なんだろうか。『ほっとくこと』が『できない』という否定形として表現される。自然をほっとけないという言葉は、少なくとも自然とかかわりたいという一貫した主体性をあらわすものではない。むしろ、目の前にいる人間以外も含む他者に出会ってしまい、その困難を自らのものとして感じ取る能力を表す言葉といっていいだろう。そうした他者の困難を取り除こうとするかかわりの発露が『ほっとけない』ではないだろうか。そう考えると、『ほっとけない』という言葉を手がかりにすることで、自然という矛盾と折り合う知恵や感性に迫っていくことができるかもしれない」(拙著『「ほっとけない」からの自然再生学:コウノトリ野生復帰の現場』,p.21)。

 

 このように「ほっとけない」を環境のことばとして位置づけコウノトリの野生復帰に関連する研究をまとめてみたのです。2017年に出版してすぐ、「ほっとけない」をキーワードに第72回地球研市民セミナーで話す機会をいただきました。広報の担当者からタイトルを英訳してほしいとの依頼。英語は苦手なので、得意な人に相談しましたが、なかなかいい訳がみつかりません。一応、

 

   ‘can’t help caring’ sentiment

 

と訳していただきました。なるほどと思ったのですが、でもなんかしっくりしません。このことばは、英語の自然観では表現できないかもしれない。そうであれば、あえて英訳する必要はないのではないか。無理に英訳することによって、自然観の豊かさを損なってしまうのかもしれない。むしろ、このことばを”Hottokenai”として環境にかんする国際語にしてみてはどうか!そんな発想が浮かび上がってきたのです(これこそが、総合地球環境学の一つのあり方だと密かに思っていたりします)。地球研市民セミナーでは、そんな提案をしました(レジデント型研究というカタカナ言葉を使っていてなんですが・・・)。
 「日本語で考える環境のことば」。始めたばかりですが、みなさんから、色々と教えていただきたいと思っています。一緒に考えてみませんか?
 

 地球研市民セミナー(170616)

 

 こんなことを考えていたら、地球研から『超学際主義宣言:地域に人をどう巻き込むか?』という冊子が送られてきました。寺田匡宏さんの文章を紹介しましょう。

 

「『私』は言語によって定義される。同じ『私』でも、それを主体と言った時と、自我と言った時、その様態は異なる。近年、環境問題を巡って、これまで見逃されてきた主体のあり方に注目が集まっている。菊地直樹はコウノトリ野生復帰の現場で『ほっとけない』という受け身でありながら主体的な姿勢を見出し(菊地2017)、林憲吾は環境保護に半身で関わるという『ためらい』というあり方を建築・都市計画の現場から発見し(林2017)、寺田匡宏は『巻き込まれ』という状況へのコミットのあり方の特質を災害や開発にかかわる人類学の現場から抽出した(寺田2017)。それらは、哲学の國分巧一郎が注目する中動態とも通じる、受動と能動のはざまにあるあり方である(國分2017)。環境学研究においては、アンソロポシーン説の登場など、だれがこの地球の主体かという問題が問われている。それは、従来の、主体/客体の二分法を再考することを求める。その二分法とは、受動と能動を截然と区分する近代ヨーロッパ語の構築したものでもある。とするなら、受動と能動という区分のあり方を再考させる日本語における主体のあり方は、グローバルに見て地球環境学問題の解決にある一つのヒントを与えることになるのではなかろうか」(寺田匡宏,2018,「能動/受動と環境主体性」地球研若手研究員プロジェクト編『超学際主義宣言:地域に人をどう巻き込むか?』総合地球環境学研究所)。

 

引用文献

菊地直樹(2017)『「ほっとけない」からの自然再生学:コウノトリ野生復帰の現場』京都大学学術出版会

林憲吾(2017)「環境保全をためらう理由」『平成28年度総合地球環境学研究所所長裁量経費報告書』総合地球環境学研究所

寺田匡宏(2017)「援助の姿勢を考える:書評:石山俊『サヘールの環境人類学』、清水貴夫『ブルキナファソ』」『Humanity & Nature』66

國分巧一郎(2017)『中動態の世界:意志と責任の考古学』医学書院

 

 寺田さんは歴史学が専門でどちらかというと理論派。私とは専門もフィールドも視点も違うけど、けっこう似ていることを考えているんだなと思った次第であります。

 

関連する主な業績

  • 菊地直樹,2017,『「ほっとけない」からの自然再生学:コウノトリ野生復帰の現場』京都大学学術出版会

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